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校長ブログ8月「夢を叶える教え子たち 」

2018/08/03 校長ブログ 公立高校21年、県庁行政11年、公私立管理職12年の計44年が私の教職人生です。60歳半ばを過ぎた私の楽しみの一つに、教え子たちと2年に一度会う「先生を囲む会」があります。
新任時代にタイムスリップして話が弾み、当時の授業や部活動、学校行事などの思い出が蘇(よみがえ)り、皆も驚く記憶力の回復で思い出話に花が咲きます。
大学出たての教え子たちは還暦も近く、中にはどちらが恩師か分からない者もいて、大騒ぎしながら再会を喜び、それぞれの人生を語る楽しい一時を過ごすのです。
自分の選んだ道を胸張って堂々と歩んでほしい、それが私の最大の願いです。
初任校は硬式野球部がなく、有段者というだけで柔道部顧問となり、専門家の先生方に果敢に挑む毎日。
2年目には急成長した生徒が県大会を制覇して日体大に進み、現在、横浜の進学校で東大・京大など難関大学に合格する生徒を数多く卒業させています。
彼は家に帰っても打込み練習をするため、畳が傷むと父親は悲鳴を上げていましたが、チャンピオンになると、それは「努力の賜物(たまもの)」という美談に変わりました。
次の学校の野球部には、母親と二人暮らしの部員がいました。
お母さんが体調を崩し弁当を作るのも大変だというので、家内が毎日、私より大きな、そしておかずも多い弁当を作り、昼休みになると体育教官室に彼が弁当を受け取りに来る日が続きました。
彼は、高校野球の監督を目指して部活動と勉強を両立させ、授業料の安い国立大学に進み、夢を叶え野球監督となり、数年前には甲子園一歩手前まで勝ち進みました。
彼の結婚披露宴結びの新郎挨拶で、「私は松田先生のお弁当で育ててもらいました。」と語り始め、私も家内もハプニングに驚き、列席者は一様に胸打たれ涙・涙の終宴となりました。
まさか披露宴の最後にあの「弁当の話」で涙の落とし穴があったとは。
不覚にも家内のハンカチを借りる失態を演じてしまいましたが、恥ずかしいとは思いませんでした。みんなで必死に頑張った証拠であり、教師冥利に尽きる思いでした。
また、別の高校で指導した生徒は、大学野球で日本代表に選ばれ、海外の選手権大会に出場したと、代表ユニフォームを持って挨拶に来てくれ、これまた誇りに思いました。
他にも夢を実現させ活躍する教え子は数多く、それぞれが夢を追い求めて妥協することなく努力を続け、人生を切り拓き、立派な人間に成長してくれたことを思うと、一人ひとりの挑戦の姿勢に、心からの拍手と賛辞を贈りたくなるのです。
たとえそれがオリンピックの金メダルではなくても、自分の夢を叶えることができれば、それがその人にとって最高の金メダルであると私は語り続けてきました。
現在、日本体育大学荏原高等学校には、全国はもとより世界のステージでの活躍を目指して、日々弛(たゆ)まぬ努力を継続している仲間が大勢います。また、目標の大学に進み、力を付けて、世のため人のために役立ちたいと努力する仲間も大勢います。
どちらも簡単にできることではありません。「求めて学び・耐えて鍛え・学びて之を活かす」心意気と不断の努力が必要です。そこに妥協の入り込む余地はなく、あくなき挑戦を日々積み重ねた人こそが、将来大きな栄光をつかむことになるでありましょう。
苦労が大きいほど感激や達成感は大きく、自信となり心が豊かになることで、人間としてのスケールも大きくなるものです。中学・高校の年代は、勉強や運動を通して心と体の発達が著しい時期であり、「文武両道」はその意味で崇高な理念とされるのです。
挑戦する姿は美しい。「失敗を恐れて挑戦しないこと、これを失敗という」のです。
明確な目標を定めて、夢を叶えるための挑戦を始めましょう。

校長 松田 清孝